1953 |
1953 年2月1日、 ジョージ・H・エンドレス(George H Endress)とルートヴィッヒ・ハウザー(Ludwig Hauser)の2人の創業者によって、ローラッハ(独)に L. Hauser KG 社を創立。 創業当初は、英国 Fielden Electronics社製の静電容量式レベル計の輸入販売からスタート。 |
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| 1955 |
ジョージ・ H ・エンドレスが製品の自社開発を始め、初の特許を取得。 |
| 1956 |
自社開発による初の製品、電気式レベル計「ニボテスタ(Nivotester)」と「シロメータ(Silometer)」を発表。 |
| 1957 |
Endress+Hauser GmbH に社名変更。 売上高が 100万ドイツマルクを超える。 |
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1959 |
時代は旧式の 真空管から、スペースを取らないトランジスタテクノロジへ。 |
| 1960 |
初の国外販売拠点をオランダのアメルスフォールトに設立。これを機に、毎年国外に販売拠点を設立。 |
1961
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マルブルグ(独)に、新社屋/新工場を建設。120人の社員が移転。当時、その近代的な生産/労働環境は注目を集める。 |
| 1965 |
Endress+Hauser は、初の流量計を Interkama (見本市)で発表 。 |
| 1968 |
Mestra AG をスイス バーゼルに設立 - 初めてグループ持ち株会社形態をとり、グループ売上高は1,330 万ドイツマルク に 。 |
| 1970 |
Endress+Hauser は、アメリカおよびアジアに進出。 日本のタンクゲージ専門メーカー、桜測器株式会社と資本技術提携を締結。日本における販売および生産の土台を築く。同年アメリカにも子会社を設立。
Endress+Hauser は、PCB 生産ビジネスに参入 - 新子会社 Photo Print Electronic GmbH (PPE) がショップハイム(独)で操業開始 。
同年グループ売上高は 2,480 万ドイツマルクに。 |
| 1971 |
76歳で L・ハウザーがCEOを退任 。
Endress+Hauser はアメリカにおいて製品の組み立てを開始。 |
| 1973 |
ジョージ・ H エンドレスが、我が社は "industrial puberty(産業的思春期)" に入ったと言い、近代的な組織形態へ。 |
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| 1974 |
オイルショックはとどまるところを知らない成長に突然終止符を打った。 Endress+Hauser も財政困難に見舞われ、 710人中 74 人の社員を解雇せざるを得なかったが、すぐ後にほとんどの社員が呼び戻され復帰。
イタリアの新しい製造および販売会社により、Endress+Hauserに超音波テクノロジがもたらされる。 |
| 1975 |
創業者の一人である L・ハウザーが 80歳で逝去。これより エンドレス一族によるファミリー企業としての運営が始まる。 |
| 1976 |
エンドレスハウザーは、バイエルン地方にある記録計で有名なウェッツァー(Wetzwer)社との合併により、新たに記録計分野に参入。
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| 1977 |
シュツットガルト近郊のゲーリンゲンで水質分析計を製造していたコンダクタ(Conducta)社との合併により、分析計分野に参入。
また、スイス ライナッハに、流量計を専門に手がけるEndress+Hauser フローテック(Flowtec) を設立。
売り上げは 1億 スイスフランに達し、従業員も 1,085人に。 |
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| 1980 |
世界に先駆け、マイクロエレクトロニクス技術を計測機器分野に導入、マイクロプロセッサの搭載により自己モニタリングが可能になる。翌年には マイクロプロセッサ搭載レベル計 FTC681Zおよび オートゼロ流量計(電磁流量計)が新たな基準を設ける。
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| 1982 |
従業員数は 1,714 人になり、Endress+Hauser グループは
1億8千4万 スイスフランを売り上げる。 |
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| 1983 |
音叉式レベルスイッチ " リキファント(Liquiphant)" を発表。 この液体用レベルスイッチは音叉技術を小型化し、完成させた。 |
| 1984 |
計装におけるデジタル通信の時代がEndress+HauserのRackSyst製品によって幕を開ける。 |
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| 1985 |
マルブルグ(Maulburg) が製品領域を広げ、圧力計分野に参入。
m−ポイント( m-point)の発表 - Endress+Hauserの流量計に初めてコリオリの原理を利用。 '振動計測チューブ' の技術は、質量流量計測の成功の先駆けとなる。 |
| 1990 |
グループの売り上げは 5億3千万スイスフランを超え、従業員数も 4,000 人に。 |
| 1992 |
初の fieldbus 計測機器を発表。 Endress+Hauserが共同開発したこの規格により、センサからコントロールルームへのデジタルデータ伝送が可能となる。 |
| 1994 |
中国のEndress+Hauser が製品の製造を開始。 温度計市場が新たな活動領域に。 |
| 1995 |
グループトップの世代交代。G・H・エンドレスから、次男のクラウス・エンドレス( Klaus Endress)へ。 |
| 1998 |
Endress+Hauser は特許権保護に注力し始める。ドイツ、ヴァイル・アム・ライン(Weil am Rhein)の PatServe 社によりグループの特許を管理。
グループ売上高が 10 億スイスフランを超える。 |
| 1999 |
ビジネス領域を拡大し、スイス ライナッハ(Reinach)に サービスとソリューションの提案を行うEndress+Hauser プロセスソリューション(Process Solutions AG)を設立。
流量計の生産拠点をインド、アウランガーバード(Aurangabad)に建設。 |
| 2000 |
ミレニアムイヤーに従業員数が 6,000人を数える。 |
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| 2001 |
プリント基板メーカーのPPEが携帯電話市場での事業に失敗。破産状態に陥り、グループはPPEを売却。 |
| 2002 |
長年 Endress+Hauser 社のマネージャー職にあった Klaus Riemenschneider(クラウス・リーメンシュナイダー)を長とするEndress+Hauserグループ監督委員会を結成。 |
| 2005 |
スイス ワットウィル( Wattwil)の Innovative Sensor Technology IST を買収。
メモセンステクノロジ搭載の pH センサを発表。 安全で簡単なプラグインコネクタを採用し、電源供給と信号供給をデジタル化。あらかじめラボ内での校正が可能。 |
| 2006 |
Endress+Hauserグループ憲章を作成。 |